戻る

鹿嶺高原(かれいこうげん)1852.8m 五郎山(ごろうざん)961m            2009年9月11日
伊那市 長谷地区,高遠地区 に位置する山。鹿嶺高原はキャンプ場 有り景色も良く訪れる人も多い所・・・
五郎山は地元の人々に敬愛され 歴史ある素敵な里山でした。

   鹿嶺高原 入り口

   駐車場 有り

   ここに車を止めました。

               キャンプ場

               広く平らなところ
               山頂方面が分らない

               展望台が見えたので
               とりあえず,進みます。

   南下する

   地図上では南側が・・・

   まだ先かな?

               山頂

               かなり下りました

               三角点探し

               この時期,草に阻まれ
               難儀します。

   仙丈岳

   山頂付近の遊歩道から

   仙丈小屋も見えました。

               甲斐駒ヶ岳, 鋸岳

               こちらも 間近に迫る

               この後は北上
               遊歩道の散策でした。

お花
  ヤマトリカブト
  ヤマハハコ

    ルート図

「この地図は、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図 25000 (地図画像)を複製したものである。(承認番号 平19総複、第313号)」




   五郎山 登り口

   ナビの指示で上って来ると
   通り過ぎたかな?

   かなり進んだ所に空き地と登山口が

   ここから入りました。

          山頂

          きれいな山道を10分弱

          大石碑がすばらしい・・・

          圧倒されました。

   高遠町方面

   山頂 説明板から・・・五郎山・仁科五郎盛信
 仁科五郎盛信は,武田信玄の五男で勝頼の異母兄弟に当たり,母は油川夫人,同腹の妹に松姫,菊姫がいます。仁科氏の名跡を継いだため,仁科氏を名乗りましたが,勝頼は天正九年(1581) 南信農支配の要である高遠城に盛信を配置しました。天正十年(1582) 織田軍の猛攻の前に次々に崩れる武田勢の中で,ただ一人踏みとどまって城を守り,壮絶な死を遂げました。遺体は地元の農民らによって葬られ,今もこの地に眠っています。
               ・・・戦国の世 少しは分りました。

    ルート図

「この地図は、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図 25000 (地図画像)を複製したものである。(承認番号 平19総複、第313号)」
上へ
Copyright(C)2009 eguchi All Rights Reserved.